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新潟地方裁判所三条支部 平成元年(ヨ)29号 決定 1990年1月23日

債権者1

宮島幸男

(ほか三六名)

債権者ら代理人弁護士

川上耕

遠藤達雄

債務者

トップ工業株式会社

右代表者代表取締役

村山康祐

右代理人弁護士

伴昭彦

鶴巻克恕

主文

一  債権者五十嵐幸を除く債権者らが債務者に対し従業員として労働契約上の権利を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者五十嵐幸及び債権者松澤稔を除く債権者らに対し、平成元年九月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二八日限り、それぞれ別紙請求債権目録記載の金員を仮に支払え。

三  債務者は、債権者松澤稔に対し、平成元年九月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二八日限り金一五万三二一一円宛を仮に支払え。

四  債務者は、債権者五十嵐幸に対し、金四八万三九一八円を仮に支払え。

五  債権者松澤稔のその余の申請を却下する。

六  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

一  債権者らは、主文一、二、四項と同旨並びに債権者松澤稔につき平成元年九月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二八日限り金二二万六〇七〇円宛の金員の仮払の裁判を求め、その申請の理由の要旨は、

1  債務者は、肩書地に本社及び工場を置き、資本金七四〇〇万二五〇〇円、従業員二〇七人(平成元年七月二五日)を擁する株式会社である。債務者は、昭和一四年北越機械工作株式会社という名称で創立され、中島精密鍛造株式会社、そして現在の名称に変更されたが、主として作業工具の製造及び販売を業とし、作業工具メーカーとしては県内のトップ企業であり、全国に販売網を持ち、名の通った企業である。

債務者の事業所は、本社・工場のほか、東京、名古屋、大阪などに出先営業所がある。

2  債務者の従業員の職場別などの人数の内訳は次のとおりである(括弧内は臨時従業員)。

平成元年二月二〇日当時 五月末日当時 八月一八日当時

事務・販売係

八〇人 八〇人 七九人(九)

製造部門

一三五人(五) 一三一人(四) 一二八人(三)

3  債権者らは、いずれも債務者の従業員であって、その入社日及び所属職場は、別紙(略)債権者一覧表記載のとおりである。

4  債務者には、昭和二一年に組織されたトップ工業労働組合(以下、単に組合という)がある。組合は、現在債務者従業員二〇七人のうち、一五八人を組織し、新潟県金属産業労働組合連合会及び三条地区労働組合協議会に加盟している。

右組合員のうち一二五人は工場部門で働く労働者であり、組合の主力は、伝統的に本社工場部門にある。債権者ら三七人は全員組合員であって、うち三三人は工場部門、四人は事務係に属する。

また債務者には、昭和六二年一月一六日に右組合を脱退した出先営業所勤務の五名によって結成された「トップ労働者組合」がある(以下、第二組合という)。この組合は、その後、出先ないし本社の販売部門の従業員らの加盟により二二人となっている。

5  債務者従業員で組合ないし第二組合に加入していない者は、管理職及び臨時従業員だけと推測される。なお、本件解雇通告の発せられた当日、本社工場の主任・班長の3人の組合脱退があったが、その帰趨は明確になっていない。

6  債務者は、平成元年八月一八日付で債権者らに対して、同月二〇日付で解雇する旨通知を発送し、これらは同月一八日ないし一九日に債権者らに届いた。右解雇理由は、「生産部門一部を縮小すること」になったとして、債務者就業規則五二条三号「事業の経営上已むを得ないとき」の解雇規定に該当するということであった。

7  ところで、解雇は、労働者の生活の唯一の基盤を剥奪するものであり、殊に整理解雇は会社の一方的な都合によりされるもので、解雇される労働者には何の責任もないものである。そして終身雇用制度のもとで特に中高年労働者の再就職が困難であり、大きな不利益を受ける。そこで労働者の生存権を保障するために、整理解雇の適法性については厳しい要件が付されており、判例・学説のほぼ一致しているところは、<1>整理解雇を行うべき必要性が認められるか、<2>解雇を回避するための努力が尽くされたか、<3>解雇対象者の選定は合理的であったか、<4>労働者側に対する説明・協議は十分に行われたか、という四要件にまとめることができるところ、本件整理解雇はいずれの要件をも満たしていないから、本件解雇は権利濫用として無効である。また債務者は、これまでに組合に対して様々の不当労働行為を行ってきていること、本件整理解雇に至る人員整理提案以来その原因が組合にあることを盛んに強調していること、組合の最近二〇年間における二期以上の役員(執行委員以上)経験者二二名のうち一二名が本件整理解雇の対象者となっており、現在の組合役員一一名のうち七名が解雇対象とされているのに対し、組合未加入の臨時雇用者及び第二組合員は全く解雇対象とされていないこと等からすると、本件解雇が、組合員の組合活動を理由に不利益取扱をするものであり、また、活動家の排除を通して組合の弱体化を狙う組合活動への支配介入としての不当労働行為に該当することは明白であって、この点からも本件解雇の意思表示は無効である。

8  債務者の賃金支払基準期間は、前月の二一日から翌月の二〇日であり、同期間に相当する賃金を翌月の二八日に支払う約定となっている(就業規則五五条)ところ、債権者らの債務者から受領している平成元年六月から八月期の賃金の金額、内訳及び支給額は別紙賃金請求金額計算表記載のとおりであって、その三か月の平均は同表の平均額欄に記載のとおりである。

9  債権者らの年齢及び債務者における勤務期間は別紙債権者一覧表記載のとおりであり、そのほとんどが妻子、父母等の扶養家族を抱えており、債権者らの債務者から受領する賃金が一家の生活の源である。これら債権者らにとって、本案判決に至るまで賃金の支払が受けられない場合には、訴訟はもとより、自ら、そして家族の生活の維持すら困難になる。債権者らには、債務者に対して仮の地位の確認を求め、賃金の仮払を求める緊急の必要性が存在する。

なお、債権者五十嵐幸については、昭和七年一〇月一三日生であり、就業規則四八条によれば、平成元年一一月二〇日をもって定年退職となるので、同債権者については、平成元年八月二一日以降同年一一月二〇日まで毎月二八日に各一六万一三〇六円宛の金員(合計四八万三九一八円)の仮払を求める。

というものである。

二  債務者は、「本件申請を却下する。申請費用は債権者らの負担とする。」との裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一  申請の理由の要旨1、2の事実、同4のうち、債務者には、昭和二一年に組織されたトップ工業労働組合(組合)があり、組合は、現在債務者従業員二〇七人のうち、一五八人を組織し、新潟県金属産業労働組合連合会及び三条地区労働組合協議会に加盟していること、右組合員のうち一二五人は工場部門で働く労働者であり、組合の主力は、伝統的に本社工場部門にあること、債権者ら三七人は全員組合員であって、うち三三人は工場部門、四人は事務係に属すること、トップ労働者組合があること、同6のうち、債務者が平成元年八月一八日付で債権者らに対して同月二〇日付で解雇する旨の通知を発送し、これらが同月一八日から同月二一日までの間に債権者らに到達したこと、その解雇理由が、「生産部門一部を縮小すること」になったとして、債務者就業規則五二条三号「事業の経営上己むを得ないとき」の解雇規定に該当するということであったことは、当事者間に争いがない。

二  一件記録によれば、次の事実が疎明される。

1  債権者らは、いずれも債務者の従業員であって、その入社日及び所属職場は、別紙債権者一覧表記載のとおりである(入社年月日は西暦。但し、入社年月日を債権者金子ヨシにつき68・7・1と、債権者鈴木末治郎につき63・7・20と、債権者鶴巻俊樹につき73・3・24と、債権者道間幸栄につき65・1・10と、債権者中沢保につき73・5・21と、債権者堀正美につき73・7・10と、債権者安井二六につき57・4・7と、債権者山田操につき67・2・6とそれぞれ訂正する)。

2  平成元年二月八日、債務者の山田総務部長から組合の執行委員長馬場隆に対して人員整理に関する団体交渉開催の申入れがあり、同月二〇日に団体交渉を行うこととなり、平成元年二月一〇日には、債務者から「余剰人員対策としての雇用調整について」と題する文書及び現行体制での付加価値表及び固定費内訳表が組合に提出されたが、格別の具体的な説明はなかった。

そして同月二〇日に開催された団体交渉(第一回)において、債務者の専務取締役である田中剛が右「余剰人員対策としての雇用調整について」と題する文書を読上げ、債務者は、現行の二一五名から四五名を削減し、従業員総数を一七〇人に縮小するという計画を発表した。なおその際、債務者の代表取締役である村山泰祐から「組合が合理化に反対するから人員整理提案となった」との発言があった。

3  同年二月二八日の第二回団体交渉において、債務者は組合に「余剰人員をこのまま温存はむずかしい」という文書を提出し、具体的な人員整理の方法としては、まず希望退職を募集し、それで不足の場合は指名解雇とする、この場合、販売、開発、金型部門は除外するとの方針を示し、時期は検討中であると説明した。組合から一七〇名体制における試算を求められ、債務者側は今日までに間に合わなかったので次回団交までに提示すると答えた。

4  同年三月一〇日、債務者から一七〇名体制での付加価値表及び固定費内訳表が提出され、来年度において、現行体制では月平均八四六万三〇〇〇円の経常損失を生じるのに対し、一七〇名体制では一三七三万七〇〇〇円の経常利益を生じるとのことであった。

そして組合は、同年三月一三日、人員整理の必要があるかどうかを判断するための資料として、過年度実勢を示す製造原価報告書や販売費・一般管理費明細書等の提出を求めた。なお右資料の一部は、三月二九日に提出され、他方、他企業との競争力を示す重要な秘密事項を含むものとしてその提出を拒否された資料もあった。

5  同年三月一四日の第三回団体交渉において、債務者は、現行体制及び一七〇名体制における付加価値表に基づいて人員整理の必要性に関する説明を行うとともに、希望退職の時期は四月末とし、応募人員が不足する場合は五月末までに指名解雇を行いたいこと、なお希望退職の条件については、昭和六二年二月退職金改定の際に定年退職割増四〇パーセントを加算してあり、上限一一〇〇万円は県内トップクラスであるので割増は特に考えていない旨の説明をした。

6  同年四月六日の第四回団体交渉では、債務者が提出した付加価値表の疑問点について交渉がされた。

組合から、債務者の説明では人員整理後は更に外注化を進めるというのに、右試算表では外注費が減っており、また稼働費などの試算も整合性を欠くという疑問を提起したところ、債務者は、輸出部門、不採算部門を縮小するといい、また「このままではやっていけない。一七〇人にしていくのがやっとだ。一七〇人にしたら儲かる計算になっている」とのことであり、更に組合が疑問点を解明するためには付加価値表の過年度実績の提出を求めたところ、債務者は、「今まで儲かったからいいはずだと言われたら困る」と言い企業秘密としてその提出を拒否した。

なお、債務者が付加価値表に添付して提出した人権費にかかる「長期五ケ年計画」の資料の数字が一七〇人ではなく一七三人分の人員になっていることを組合が指摘したところ、債務者において次回交渉までに再計算して提出することになった。

7  同月一二日の第五回団体交渉において、債務者から人件費を一七〇人分に訂正した付加価値表、固定費内訳表が提出され、これによれば、来年度において、現行体制では月平均七六四万四〇〇〇円の経常損失を生じるのに対し、一七〇名体制では一四五五万六〇〇〇円の経常利益を生じるとのことであった。

この日の交渉は、債務者資料の社内単価と外注単価の比較表を中心とした交渉となった。債務者資料では、ある特定の工程の社内製造の原価と外注工賃単価を比較したもので、工程別社内原価は各工程の実作業時間(秒)に秒当たりの品目別原価を掛けたものであるが、この工程別社内原価の出し方は、標準原価計算制度の仕組、すなわち標準的作業時間の工程別設定、工場経費の配賦等からすると、極めて不十分なもので、そのため同様の機械加工工程であるにもかかわらず、外注単価との比率が製品によって七〇・三パーセントから一四・一パーセントもの差が生じるという矛盾の多いものであった。そして、交渉の過程における債務者の対応も、「どの工程部分の単価か聞いてこないとわからない。秒当たりの品目別単価の出し方などは担当者でないと良くわからない」というものであった。

そして組合から、付加価値表について、「89/5(平成元年五月。以下同様)期より90/5期(現行体制)の試算の方が生産高が低いのに、外注費や稼働費等の非付加価値額が大幅増になっている。ところが、一七〇名体制では逆に大幅減となっている」「稼働費の金額は社内加工高と整合性がないのはおかしいのではないか」などの疑問点を指摘した。

そして、これらについては、債務者が、次回までに検討して回答することになった。

8  そして同年四月一七日、組合から、「会社経営の改善に向けて―組合の提言―」と題する書面が提出されたが、これは、生産性、外注、品質管理、新製品開発、会社組織・人材養成などの問題の原因の分析と対策の提言、及び債務者の財務分析と問題点の指摘を内容とする債務者の経営・生産体制の不合理などの問題点を指摘して、その改善方法を提言し、その上で、本件の人員整理の理由のないことを述べたものであった。

右提出の当日、社長出席の下で組合三役との交渉が行われたが、その際、債務者からは、「会社は当初から今までの円高対応努力、社内生産性の指標を示して経緯を述べてきており単なるコスト低減だけでは間に合わず大きな変革に迫られている。昭和五一年より他社に先駆けて年間稼働日二六五日並びに二〇〇九時間を実施した当社にとってこの一〇年間に六万時間に及ぶストライキ、八か月もの間三六協定を結ばずに残業拒否を行ったことなどによる会社の採算性の低下も他社との競争力低下を招くことになった」などとの説明がされるとともに、社長からは「提言は後で読んでみるが、合理化に反対してきた組合の責任にけじめをつけるのが先だ」との発言がされた。

9(一)  同年四月一九日の第六回団体交渉においては、三月二九日に債務者から提出された資料のほか、債務者から、非付加価値算出根拠の説明資料が提出され、次のとおりの説明がされた。

<1> 非付加価値額は、生産量ベースで試算すべきものであり、試算表の生産高には値上げ分も含まれているのでこれを除くと、月あたり生産量は、89/5期が三億〇一六二万八〇〇〇円で、90/5期(現行体制)は二億九〇七九万二〇〇〇円となる。

<2> 右の比率は九六・四パーセントであるから、90/5期の非付加価値額は、89/5期計画一億七一三五万円の九六・四パーセントにあたる一億六五一八万一〇〇〇円と計算される。

<3> 右の数字を基礎額として、値上がり分や増加分を加えると、現行体制での非付加価値試算は一億八〇三七万円となる。

<4> 次に、一七〇名体制の非付加価値試算は、右の一億八〇三七万円から輸出売上減の九七五万円、国内不採算部門の撤退や高付加価値商品化、生産性向上等による減額一九〇二万円で、合計二八七七万円減少して一億五一六〇万円となる。

(二)  組合は国内不採算部門の撤退や高付加価値商品化、生産性向上等による減額等の数字の根拠を質問したが、債務者からの具体的な回答はなかった。

(三)  更に組合からは「余剰人員」「適正人員」の根拠が問われたが、債務者は「一七〇人でやっていかなければいけないということは、財務試算から出ている」「現場の生産体制からどうとか検討したものではなくて、一七〇名体制からやるということだ」との返答であった。

10  同月二四日の第七回団体交渉においては、主に生産性をめぐるものとなったが、債務者からは「内科的な処方では解決できない。外科的な手術、大きな手術が必要だ」「沈没しそうな船では時間がない」等との抽象的な説明があり、また組合から「合理化に反対か賛成かなどという議論をしていても経営は改善されないのではないか。生産性が上がらないというならばどうやって向上させるのか、具体的に原因を明らかにして対策を図るべきだ。そのために組合としての提言書を提出している」との発言があったが、債務者からは、「そういう指摘も結構だが、大きな方向をどう定めるかが重要だ。一七〇体制にしなければならない」との回答であり、更に組合から「一七〇名体制という明確なポイントが示されていない」と追及されても、債務者は「販売、経費などからみれば、一七〇名でいかないとどうしようもない」との抽象的な説明があったに過ぎなく、なおそのような状況のなかで、債務者は、国内販売といえども値上げもできない不採算部門をかかえており、受注ストップのリスクも考え合わせると一七〇人体制においてスパナなど国内不採算部門については撤退しなればならないとの考えを示した。

11  同月二六日の第八回団体交渉においても、債務者説明が継続され、主に債務者の品質管理体制と外注の問題についてやりとりがあった。

当時、ラチェットレンチのカシメピンセット工程において製品割れ及びピン抜けという問題が生じ、債務者においては、全面的に改良することにし、完成品については全数検査を行うということがあったが、この問題に関連して、組合では、債務者の外注展開が合理的でないと主張し、また外注貸与設備について実情を問いただしたところ、債務者は、外注化が一般にとられている方法であり、いままで幾多の困難をクリアできたのも外注によるコスト引下げの効果が大であり、外注工場への機械無償貸与は三条地区で広く採用されている方法であり、これは税法上も容認されているとの説明をし、なお、最近一年間で新たに貸与した機械を次回に示すこととした。

12(一)  同年五月八日の第九回団体交渉においては、まず、債務者が外注先に多くの設備を無償貸与している点について質疑応答があり、次いで、債務者の付加価値試算に伴う販売計画について組合からの質問がされた。

(二)  債務者の回答は、国内販売額は変わらず、輸出を月額一六二五万円減らすということであった。そして輸出の減少分について、組合からの「一六二五万円のうちモンキーはいくら位か」との質問に、債務者は「はじいていない」と述べ、また、「縮小品の具体的品目は」との質問にも「正確には出していない」等との説明があったに過ぎなかった。

(三)  そして債務者は、モンキー減産による余剰人員として、最盛時の昭和六一年五月期の一五万丁から五万丁体制に減産すると約四〇名の余剰人員が生じるとし、これを黒板に数式を書きながら説明した。

しかしながら、債務者の右説明は、他品目の伸びや昭和六一年当時と原状との人員の変動等を考慮していないものであった。

そこで組合は、右のような機械的な計算は実態にそぐわず、現実に工場においてはそのような余剰が生じていないこと、現在七万丁の生産計画になっているのであって五万丁体制が合理的とはいえないことを主張し、また人員計算は右の昭和六一年五月期を基礎にするのではなく、直近の時期で計算するべきだと主張し、この点は債務者も検討すると回答した。

13  同年五月一〇日の第一〇回団体交渉では、債務者は、一人時間あたり生産個数を基準とし、毎年生産性が下降し、最近でも低迷しているとし、その原因が、円高以降他社や下請で取られた他品種少量生産への移行がされていないことによる、すなわち多台持ち多工程持ちがされず、更に社内生産のコスト高も加わって経営の行き詰りを来すことになると説明したが、組合では、債務者が何年も社内製造設備への投資をほとんど行っておらず、そのため社内設備は老朽化、陳腐化する傾向にあるが、このような状況では債務者のいう一人時間あたり生産個数という意味での生産性が低迷するのは当然であるとして、この生産性の算出についての質問をしたが、債務者からは、「担当者でないと分からない」との返答であった。

14  同月一七日の第一一回団体交渉では、人員整理についての協議が行われている一方で債務者が二名の中途採用を行うという状況があり、組合から、人員整理を提案する一方で新採用というのはおかしい、社内人材の活用をはかり、異動再配置をするべきではないかと指摘をし、債務者からは、デザインという特殊業務であるとの主張であった。しかし、その前任者との関係からすると、必ずしも新採用をもって対応しなければならないともいいがたいものであった。

引続き、前記の四月一二日の第五回団体交渉に際し債務者の検討事項となっていた外注単価と社内原価との比較についてについての交渉に入ったが、債務者の説明では、「総経費を品目別に合理的に案分し、これを品目別の総作業時間で割って品目別の秒あたりの単価係数を算出する」という方法により、これによれば、その係数は一・一七四七八から二・五七九五九まで推移するが、このように倍以上の相違が生じることにつき、組合からその合理的説明が求められたが、債務者は、「社内がいかに高いかを言いたいのだ」等と述べて、社内単価が外注と比べて極めて高いことを強調した。

15  同月一八日の第一二回団体交渉は、賃上げ問題が主であったが、組合から希望退職の募集要綱が明確にされていないとの主張があり、債務者からは、今後条件の内容を検討していくとのことであった。

16  同月二七日は団体交渉が予定されていたが、これに先立ち債務者は、組合に対し、希望退職については、対象者は全従業員、募集人員は四一名、募集期間は平成元年六月五日より同月一五日まで等との、指名解雇については、人数は希望退職者未達人数、期日は同月三〇日等との記載のある人員整理案を記載した書面を提出したが、組合が同日の団体交渉でその撤回を求め、結局その実施は延期されることとなった。

17  六月二日の第一四回団体交渉では、組合から、債務者の主張する一七〇名体制の根拠についての生産面からの質問が行われたが、債務者は、「モンキーを五万丁に減らす」、具体的な生産計画や人員計画については「細かい計算はしていない。そんなことをしている時間はない。早く一七〇名体制にするのが先である」などと述べるにとどまったため、組合は次回団体交渉においてその説明を求めることとした。

18(一)  同月七日の第一五回団体交渉では、債務者からその組織図に一七〇名体制における人員計画数を書込んだ資料が提出されたが、債務者の説明では、その人数は製造現場における工程数から出したものではなく、付加価値試算から算出したという説明が繰返された。

(二)  また、債務者から、人員余剰についてはモンキーレンチ減産に伴うもので、工場は現在一三一人を九五人体制とし、直接工は四七人であるとの説明があった。

債務者における余剰人員算定の方法というのは、次のようなものであった。

<1> 昭和六一年五月期には、従業員総数は二三二人であったが、モンキーレンチの不採算性から、その生産数量を一五万丁体制から五万丁体制(月産)に減産することとし、これに基づいて余剰人員を算出する。

<2> 昭和六一年五月期における工場関係従業員は年平均一六八・五人、事務及び販売従業員は年平均六三・五人であり、工場関係のうち一〇三人は直接工でその六〇パーセントがモンキーレンチ製作を担当しているが、その三分の二を減産するので、直接工は、

103人×0.6×2/3

により、四一・二人が余剰となり、また間接工については、その五〇パーセントがモンキーレンチ製作に関与しているので、

65.5人×0.5×2/3

により、二一・八人が余剰となるので、合計六三人が余剰人員となり、したがって再配置人員は、

232人-63

により、一六九人となる。

<3> 平成元年六月期においては、従業員総数二一一人で、そのうち一三一人が工場関係従業員、八〇人が事務及び販売従業員であるが、前者を九五人体制と、後者を七五人体制とする。また前者の内訳として、直接工四七人、間接工四八人とする。

(三)  ところが、債務者の右計算によれば、直接工は四一・二人が余剰であるから、適正人員は一〇三人からこれを控除した約六二人となるが、債務者の一七〇名体制における直接工は四七人で、一五人の不足を生じることになる。また債務者の説明からは、間接工の人数の算定方法について、その合理性を裏付けるに足りる資料も必ずしも存在しない。

組合がこれら矛盾点等を追及すると、債務者は、「一つの例で示したものだ」「最初に言っているように現場の工数計算ではなくて付加価値試算を基礎にした計画になっている」と説明した。

そこで組合から、再度付加価値表からの算出根拠の説明が求められたが、債務者は、付加価値表の利益目標月一四五五万六〇〇〇円を確保しなければ安定経営は望めない」などと述べた。

また組合からは、債務者の試算では現行体制と一七〇名体制とで非付加価値率の差が大きいので、その点の説明を求めたが、債務者は、「生産構造を変えると言ってある。現場の工数計算が根拠でもないし、付加価値の試算だけが根拠でもない。構造改善をするから両方が関連するのだ」などと述べるのみであった。

19  同月一二日の第一六回団体交渉では、組合からまず債務者のいう一七〇人体制の理由のないこと、債務者の試算をもとに現行体制を前提としたうえでの試算でも月額一一〇〇万円程度の利益の経常が見込めること等を主張する内容の「組合の見解」と題する書面が債務者に提出された。

しかし、債務者の村山社長は、「組合が企業競争を否定して対決姿勢を取っている」とか、「他社は九尺の土俵で経営するがうちは四尺の土俵だから経営としては後がない。組合から責任をとってもらう」などと述べ、後の交渉を他の債務者役員に任せて退席した。

そして債務者から右団体交渉の席上、同月一五日より希望退職を募集し、それが未達のときは平成元年七月一〇日をもって指名解雇すること等が記載された「人員整理について下記の通り実施いたします。」との文書を組合に提示した。しかし当日は、結局、債務者が右「組合の見解」に答えること、及び右人員整理の実施は延期することとなった。

20  同月一五日の第一七回団体交渉では、組合から前回の団体交渉において債務者から組合非難の主張があったとして、組合からその反論として、「組合の見解 その2」が提出された後、債務者から、前回組合が提出した「組合の見解」について「指名解雇の考えは変らない。退職条件の上積みはできない。人員整理が先決問題である」などとの見解が表明された。

21(一)  組合は、六月一六日債務者に対し、一七〇名体制という人員規模の根拠等の説明を求めるとともに、現行体制・一七〇名体制での販売計画、生産計画を提示することを求める趣旨の「申し入れ書」を提出した。

(二)  同月一九日の第一八回団体交渉では、組合は人員整理に伴う具体的な販売計画、生産計画の提示説明を求めたが、債務者は、「すでに説明したのに理解されてない」などと述べ、組合から、今後予定される定年退職者も相当な人数に上るのでこれらの点の検討を求めると、「退職者などを待ってはいられない。大きく変えなければならない。月に一〇〇〇万円程度儲かったといっても設備もできないし、儲かったとはいえない。他社と比べて利益率も落ちている」などと述べ、更に組合から、外注問題についての説明を求められると、「企業秘密」などと述べるに過ぎなかった。

22  六月二三日の第一九回団体交渉では、債務者から「モンキーレンチ減産並びに不採算部門の外作依存に伴う余剰人員対策として会社は一七〇名体制での再出発を目指す。それは生産構造改善であり変革をせまられるもので、それでなければ今後付加価値の中から人件費を払って利益は望めない。一七〇名体制により、利益・付加価値等からして経営安定がはかられることは明白である。従来から外作依存に大きく頼ってきているもので、現状を分析して外注に何をどの位だすとか、現状工数を分析して何割能率をアップするとか細かく計算をしても意味がないし、細かく説明する必要はない。会社としては既に充分説明・協議を尽くしており、これ以上実施が遅れれば計画そのものまで重大な支障が生ずる。」こと等を記載した内容の「四一名人員整理して以後の生産体制について」と題する書面が提出された。そして債務者は、同年七月三日より希望退職を募集し、それが未達のときは同月三一日をもって指名解雇すること等が記載された「人員整理について下記のとおり実施致します。」との文書を組合に提示した。なおこの中で、希望退職の退職金の割増が、基本給一か月分のほか一〇万円が加算されるものとされていた。

組合では、品目別販売計画や生産計画の提出を求めたが、債務者は、「答えられるものは答えた。理解してもらいたい。」等と繰返し、債務者が同年七月三日から人員整理を実施するとの態度を変えないため、その日の交渉は同年六月二七日に次回交渉を持つこととして終了した。

23  六月二七日の第二〇回団体交渉は村山社長も出席して開催され、債務者から90/5期(一七〇名体制)における販売計画と「現場の生産体制と外注対策について」と題する書面が提出されたが、その冒頭で村山社長から「先行き赤字が必至だが、経理の資料で一七〇人ならば経営していけるということになった。何事も全部計算してからスタートする方法もあるが、私はやりながら手直しすれば良いと思っている。こうなった原因は会社にもミスはあるが、大半が組合の責任だ」等と発言し、これに対し組合から「やりながら手直しと言っても、試しに首切りしてみるとはならない。組合が「提言」や「見解」を出しているのに、社長は経営実態に目を閉じて、組合批判だけしている」等との発言がされたが、村山社長は、それには答えず、「話をしても無駄だと思ってる。言うべきことは言ったので帰る。」等と言って退席してしまった。

その後、債務者から販売計画及び生産体制についての説明があり、今後の生産体制として新たに約一五人分の仕事量を外注化するとの説明とのことであった。そこで組合は、「生産計画では約一五人分の外注化というが、試算表や四月一九日の団体交渉での説明によれば、外注費はむしろ減額になっている。生産計画と付加価値計画が合わないのではないか」等の疑問を提起し、結局、同月二九日に団体交渉が継続されることとなった。

24  組合は、同月二九日の交渉に先立ち、生産体制、非付加価値の算出根拠等についての質問を記載した「団体交渉メモ」を債務者に提出し、同日の第二一回団体交渉においては、右団体交渉メモに記載の質問にそって進行し、債務者から「生産高と非付加価値」という表題の文書が出され、次のような説明がされた。

<1> 89/5期の数量換算生産高は、金額で三億〇七五四万五〇〇〇円だが、在庫増分を売価換算すべきだから、三億二二七八万九〇〇〇円となる。

<2> 一方、90/5期(一七〇名体制)の生産高は、金額で二億八五七〇万八〇〇〇円のところ、販売計画で単価増分が一五八二万四〇〇〇円見込めるので、数量換算では二億六九八八万四〇〇〇円となる。

<3> したがって数量換算生産高の比率は、前記比八三・六パーセントとなる。

<4> 一方、外注費・製品有償材仕入費では前年比九三・〇パーセントであり、外注費は伸びており、生産計画と付加価値計画に矛盾があるという組合指摘は当たらない。

そこで組合から、右の債務者の説明と四月一九日における説明とでは、数量換算生産高の比率が大きく変わることになり、また、従業員一人当たり人件費三三万四〇〇〇円程度だから、一七〇名体制との債務者説明も変更を要するのではないか等の疑問が提起された。

結局、債務者はその場では右疑問に答えられず、その説明は次回の団体交渉に持越された。

なお前記の七月三日より希望退職募集の実施は延期となった。

25  七月四日の第二二回団体交渉では、債務者は、六月二九日の資料を一部修正して、次のような説明をした。

<1> 販売構造改善変革により、月一五八二万四〇〇〇円の単価増が見込まれ、この他に単価値上げ分一二五〇万円が見込まれる。したがって、90/5期(一七〇名体制)での数量換算生産高は二億五七三八万四〇〇〇円になる。89/5期の数量換算生産高は三億一六八七万三〇〇〇円となり、90/5期の比率は八一・二パーセントとなる。

<2> なお債務者の販売計画には値上げ分は含まれていない。

これに対し組合が、

<1> 一五八二万四〇〇〇円の単価増は、値上げ分と思っていたが、販売構造改善変革という内容は初めて聞いたので、組合も検討してみたい。

<2> 在庫増分は債務者の言うとおり、90/5期の生産高(数量ベース)と比較する場合には売価換算すべきであり、89/5期の生産高を修正するのは正しいと考える。

<3> したがって、数量換算生産高は、89/5期三億一六八七万二〇〇〇円となり、四月一九日の説明では、90/5期(現行体制)の対前年生産高比率は九六・四パーセントとして、非付加価値算出の基礎数字をはじいたとの説明だったが、89/5期の生産量換算生産高を三億一六八七万二〇〇〇円とみるとなると、90/5期との比率は九一・八パーセント程度となって五パーセントも違うことになる。

<4> 右によれば、非付加価値の試算額も修正すべきことになるが、それは月額の生産コストが七~八〇〇万円低くなるのではないか。債務者の予定する人員削減数の計算も二〇人以上の違いが出る。

との意見を述べたところ、これに対する債務者の説明は、「それならば試算表のC部分(増加分)の数字を増やせばいいのであって、最終数字は変わらない」とか、「この非付加価値の数字は予め付加価値率を想定して出したものだ」等というものであった。

そこで組合は、それでは四月一九日の時と説明が違うことになるので、整合性のある説明をしてもらいたいと要求し、債務者も、次回までに検討して説明することになった。

なお、この日組合は、「組合の見解その三」を債務者に提出したが、その内容は、債務者の説明する付加価値試算の根拠が不明確であり、生産・販売計画や外注費・稼働費の整合性もないため、根本的な検討・修正を必要とするというものであった。

また組合は、七月四日の団体交渉の結果に基づき、債務者説明についての疑問点をまとめた「団交開催にあたっての質問点メモ」と題する書面を債務者に提出した。

26  七月二〇日の第二三回団体交渉では、組合から債務者の外注拡大についての問題点などを指摘するものとして「組合の見解その四」が債務者に提出された。

しかし、債務者は、冒頭から、「非付加価値90/5期現行体制計画、七/七付組合メモに対して」という表題の次の内容の書面を読上げた。

「非付加価値90/5期現行体制計画

1. 輸出販売は89年5月計画と同額とし、国内販売は5%販売増を見込む。新製品1.2億円見込み外注依存率は高い。

2. 鍛造稼働を前期より増加させるために稼働費は増加。

3. 機械課(手仕事的作業、競争品加工)外注依存増加、さらに外注加工前年期中移行分増加。

4. 型費は新製品増、モデルチェンジ増を見込み、治具・修繕費は前期に引き続き改善・維持を見込む。

5. モンキーレンチ減産、社内不採算部門の外注移行による余剰人員は前期に引き続き計画する。

6. 再生産高の算出については国内値上分を差し引いての段階で見るか、さらに在庫増分をプラスして見るかの見方の問題で、非付加価値額は変らず中身的には同じである。

7/7付組合メモに対して

1. 販売構造改善変革については既に7/4付文書(非付加価値90/5期170人体制計画)並びに品目別販売計画等も加えて従来から充分説明をなして答えた。

2. 上記品目別販売計画の説明のなかでも販売構造改善変革について充分説明をなして答えた、尚1、2ともに国内・輸出を分けて説明する必要はない。

3. モンキーレンチ円高当初15万丁生産(社内生産の6割)から輸出不採算分を減産して5万丁体制になると説明した。90/5期品目別販売計画において43千丁と計画し、輸出売上げ計画額は変らない。

4. 上記非付加価値90/5期現行体制1~6等も加えて従来から充分説明をなして答えた。」

そして引き続き

「人員整理について下記のとおり実施致します。

1.希望退職について

<1>対象者 全従業員

<2>募集人員 40名(平成元年7月20日現在)

<3>募集期間 平成元年7月25日より平成元年8月5日まで

<4>退職日 平成元年8月10日

<5>条件 (イ)平成元年8月10日現在の退職金に希望退職者本人の基本給1ケ月分並びに一金10万円を加算支給する。

(ロ)再就職等については出来る範囲で就職先の斡旋に努力する。

(ハ)希望者は書面にて記名捺印の上会社へ提出するものとする。

2.指名解雇について

<1>人数 希望退職者未達人数とする。

<2>期日 平成元年8月20日

<3>解雇通知 平成元年8月15日までに本人宛直接書面をもって通知する。

<4>解雇基準 勤務に対する評価及びその他出勤率・職務内容等の事情を勘案する。

尚、職務内容として販売・開発・技術・金型鍛造については特に対象者を限定したい。

<5>条件 (イ)解雇手当として平均賃金の30日分を支給する。

(ロ)再就職等については出来る範囲で就職先の斡旋に努力する。」

との書面を読上げ、説明をこれで打切る旨を述べた。

そこで組合は、急遽<1>人員整理実施の撤回、<2>組合の質問点等についての説明、<3>希望退職募集条件の再検討を求める内容の団体交渉再開の申入書を作成し、同書面とともに「組合の見解その五」を債務者に提出したところ、間もなく交渉が再開されたが、債務者は、交渉の席に着くや、右<1>の撤回はできない、<2>も従来説明している、<3>の退職条件は変わらない、と述べて交渉を打切った。

27  そこで組合は、翌七月二一日、新潟県地方労働委員会(以下「地労委」という)に「交渉の継続」を求める斡旋を申請したが、債務者は、これまで充分協議を尽くし、説明も行ったので斡旋は必要がないとしてこれを拒否した。

28  そして債務者は、七月二四日従業員に対し、希望退職募集と指名解雇についての通知(その内容は七月二〇日に示された整理案のとおり)を債務者の掲示板に張り出し、併せて同じ内容の文書を従業員宅に郵送した。

なお、右による希望退職の応募者は二名であった。

29(一)  組合は、七月二八日、新潟県地方労働委員会に対して「人員整理問題について、整理人員数の計算根拠を示す具体的資料を提出して説明し、申立人の質問点に答えるなどして、誠意をもって団体交渉に応じ、協議を尽くさなければならない」こと等を内容とする救済命令を求める申立てをした。

(二)  右申立てに対する第一回調査は八月二日に行われ、この日は、個別に事情聴取がされたが、審査委員長から「もう一、二回の団交を開催して労使協議を尽くしていただきたい。四月一九日付文書のC部分、G部分の説明もしていただきたい。販売計画等組合の求めている資料についても可能な範囲で提示してほしい」との要望が出された。

(三)  八月七日には第二回調査がもたれたが、結局、審査委員長から債務者に対して、「もう一、二回の団交開催をして協議を尽くしてほしい」との要望が出され、その結果、同日午後六時から団体交渉が行われることとなった。

30  同日午後五時四五分より、団体交渉のもち方に関する窓口交渉が開催されたが、債務者から、七月二〇日の団体交渉終了の際に組合員から暴力行為があったとし、これについて謝罪がされなければ団体交渉には応じられないとの意向が出されたこと等から、結局、当日は実質的な交渉に入ることはなかった。

なお八月七日の右窓口交渉に際し、債務者から組合に指名解雇の整理基準を記載した書面が提出された。

31  八月八日に団体交渉がもたれ、組合から非付加価値額算出の根拠についての説明が求められ、これに対し債務者から地労委における準備書面を読上げる形で説明がされたため、組合では、その具体的な算出方法についての説明を求めたが、債務者から納得できる説明はなかった。

32  八月一〇日の団体交渉では、組合から予め「組合の質問点メモ(財務試算に関して)」と題する書面が出されていたところ、債務者から「89/5期品目別販売実績」「90/5期一七〇名体制での販売構造改善試算」と題する書面に基づいて組合の右メモにそって説明が行われたが、債務者からは、非付加価値額の算出方法や販売構造改善変革についての納得のいく説明がされなかった。

33  八月一一日の団体交渉では、組合から「人員整理計画の見直しを求める」との書面が提出され、再検討が求められたが、債務者は、債務者はこれを拒否し、指名解雇を実施する姿勢を示した。

ところで、平成元年七月八日付新潟日報によれば、平成二年春の債務者の採用計画が8人となっているところ、組合がこの点の真偽を確かめると、債務者からは、「8名募集している。来春は、この一一月に定年になる者がいるので、一七七名体制になる」との返答であった。

34  八月一七日の団体交渉では、組合から予め「組合の質問点メモ(追加・再質問)」と題する書面が債務者に提出されていたが、債務者においては、これら組合の質問に対する回答書面を準備し、同書面を読上げたうえ、交渉を打切る意向を示した。しかし債務者の右回答は、それまでの説明の域をでるものではなく、組合ではさらに販売計画等についての質問をしたが、結局、債務者は団体交渉の打切りを宣言した。

35  そして八月一八日には、地労委の第三回調査がもたれたが、結局、債務者は、同日付で、債権者らに対して、「生産部門一部を縮小すること」になったとし、これが就業規則五二条三号の「事業の経営上已むを得ないとき」の解雇規定に該当するとして解雇する旨の通知を発送し、同通知は同月一八日から同月二一日までの間に債権者らに送達された。

36  ところで債務者の昭和五九年六月から昭和六〇年五月(Ⅰ期)、同年六月から昭和六一年五月(Ⅱ期)、同年六月から昭和六二年五月(Ⅲ期)、同年六月から昭和六三年五月(Ⅳ期)、同年六月から平成元年五月(Ⅴ期)の各営業年度における決算状況は、売上高は、Ⅰ期が三三億二〇四五万円、Ⅱ期が三六億二五五八万円、Ⅲ期が三二億四六五九万円、Ⅳ期が三二億九〇三八万円、Ⅴ期が三四億六五一〇万円、売上原価は、Ⅰ期が二三億八〇二〇万円、Ⅱ期が二六億一四〇六万円、Ⅲ期が二三億七二五七万円、Ⅳ期が二二億六四五三万円、Ⅴ期が二二億五八三三万円、経常利益はⅠ期が二億〇四五三万円、Ⅱ期が一億一四四七万円、Ⅲ期が五四〇〇万円、Ⅳ期が一億三五〇一万円、Ⅴ期が一億二五六八万円、株主配当率はⅠないしⅢ期が各六パーセント、Ⅳ及びⅤ期が各八パーセント、内部留保も次第に増加し、Ⅴ期において八億六〇九八万円に達しており、売上の横這い状況にもかかわらず、毎期利益を計上し、それによって自己資本も着実に増加しており、経営状態は健全な状況にある。

以上の事実が疎明される。

三  ところで債務者は、「生産部門一部を縮小すること」になったとし、これが就業規則五二条三号の「事業の経営上已むを得ないとき」の解雇規定に該当するとして本件整理解雇に及んだものであり、具体的にはモンキーレンチの減産、不採算部門の外作依存等に伴い人員に余剰が生じ、一七〇名体制としなければ会社の経営が成立たない旨を主張するのである。

しかしながら、債務者の一七〇名体制であれば安定経営を望めるが、現状のままでは経営が成立たないという点については、必ずしもこれを肯認するに足りる資料はないのみならず、前記18の疎明事実のとおり、債務者主張の人員算定の方法には合理性を認めることはできないし、しかも他方では平成二年春には新規の採用を予定するなどしていたものである。そして一七〇名体制であれば安定経営を望めるという重要な根拠となる非付加価値率の減少について、組合からその説明を求められても、前記疎明のとおり、合理的な説明をなし得ない状況にあり、しかも、債務者の経営状態は、売上の横這い状況にもかかわらず、毎期利益を計上して自己資本も着実に増加していて、健全な状況にあるというものである。

しかして、これら諸点からすると、債務者について、今直ちに整理解雇をすることが企業の合理的運営上已むを得ないというような事情も格別認められないし、延いては、組合に対してこの点に関する協議を尽くし得なかったといわざるを得ないところである。

そうすると、本件整理解雇は、その余の点について判断するまでもなく、債務者の就業規則五二条三号の「事業の経営上已むを得ないとき」との解雇規定に該当する事由がないにもかかわらずなされたもので、解雇権の濫用として無効というほかない。

四  以上によれば、債権者五十嵐幸を除く債権者らは、債務者に対し従業員としての地位を有するものと一応認められる。

五  また、一件記録によれば、債務者の賃金支払基準期間は、前月の二一日から翌月の二〇日であり、同期間に相当する賃金を翌月の二八日に支払う約定となっている(就業規則五五条)ところ、債権者らの債務者から受領している平成元年六月から八月期の賃金の金額、内訳及び支給額は別紙賃金請求金額計算表記載のとおり(但し、債権者松澤稔の平成元年六月期の賃金は一一万二四七九円、同年七月期の賃金は一二万一〇八四円である)であって、その三か月の平均は同表の平均額欄に記載のとおり(但し、債権者松澤稔については一五万三二一一円)であり、債権者五十嵐幸を除く債権者らは、債務者から得ていた賃金が唯一の収入であり、今後も生計を維持するうえでこれを必要とすることが一応認められるし、また債権者五十嵐幸についても、同人は平成元年一一月二〇日が定年退職日となるものの、その生活状況からすると、同日までの賃金についての仮払を受ける必要性があるものというべきである。

六  よって、債権者らの申請(但し、債権者松澤稔については、金員の仮払を求める部分は主文の限度で)は理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、債権者松澤稔のその余の申請は理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田徹)

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